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感じた事や楽しかった事を書いていきます。

雑記 2021.01.05

最近感じたこと

 

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自己肯定感とか言ってないで、目の前の苦痛と正面から向き合ったほうが良い。最終的に自己肯定感も上がる。第一、自己肯定感の低さを免罪符にしている者が成功体験を受け取ることはない。自己のうちに責任やリスクを負ってこそ、成功を我が物として受け取ることができるからだ。

その自己肯定感の低さから抜け出すのに必要なのは、自分の不完全さを認めながら何かに挑戦する事なのではないだろうか。

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自分の大脳新皮質の外側を知らない。
私は目が捉えた光しか見ることができない。
これはとても悲しいことではないだろうか。

でも、当たり前のことだ。

私の体が宇宙へ行ったとしても、私が脳の外側に出ることはない。
認知という檻に閉じ込められている。

そういった意味で人類は全て孤独ということができるのではないだろうか。
脳を通さない知覚がなければ孤独を克服することはできないだろう。

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完全な何かになりたい。

西洋哲学で追い求められ続けているような
永遠不変のなにかになってみたい。

しかし、そのようなものは無い。

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幸せになるために生きていない。
苦しみと向き合うために生きている。

孤独を癒やすために恋愛をしている。
死を回避するために仕事をして飯を食う。

俗に言う幸せとかいうものは、
孤独と死が有るからこそ生み出された幻想だと思う。

私のすべての原動力は恐怖によるものなのだろうか。
おそらくそうだ。だが、それは少し悲しい気がする。
でも、それは当たり前の事のような気もする。

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孤独と死はどちらの方がより根源的なのだろうか?
と考えたが、死がなければ孤独を恐れる必要が無いので答えは自明である。

私は暇など怖くない。
(ほんとうかな)

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恋人が正月太りしている。
みるみるうちに太るので面白い。

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人類全員がより苦しみを少なくして生きるためには、
人類全員が他者に対する想像力を豊かにするだけで良い。

それが難しいという事は体感として知っているが、
それが難しいというのは、なんだか愚かな気がしてしまう。

別々のクオリアを持ち、別々の入力を行い、
別々の経験に基づいた別々の論理で想像するから難しいのだろうか。

だとしたら別に愚かなことではない気がしてきた。
やはり他人と理解し合えるなどという妄想は捨てるべきだ。

星野源だって「僕らずっと独りだと 諦め進もう」と言っている。

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ゲームにハマりすぎて 25 万円かけて PC を組んだ。
アホかもしれない。

雑記 2020.09.14

超雑記

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誰でもいいから出会い系アプリで知り合うのだ。特定の誰かじゃなきゃだめなら出会い系アプリなんかは使わずに、最初から特定の誰かにアプローチすればいい。「私は山田さんとじゃないと付き合えないの」なんて人間、出会い系アプリにはいないはずだ。特定の誰かを探すために出会系アプリを使うのであれば、やはりそれは誰でもいいのと一緒だと思う。

という話を恋人にしたらアホを見る顔をされた。
別に付き合ってからその後、誰でもいいとは言っていない。

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「人の知性を図れると思うな」と自分に言い聞かせるようにしている。自分が図れる他人の知性は自分の知性の限界より手前までだ。自分と同等以上の知性は理解できない。図に乗るなと自分に言い聞かせている。

むしろ理解できないものの中にこそなにか本質が隠れているのではないだろうか。

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J-Pop の愛だの恋だのは、おそらくほとんどがコミュニケーション不全を美化している。失敗は美化すべきではないし、必要以上に醜くすべきでもない。

(恋愛における失敗が何かはもう一度考えてみる必要がありそうだ)

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ツイートの内容は主に「自分の欲望が如何にして満たされた(満たされなかった)か」という内容に集約されている気がする。簡単で美味しいレシピのツイートも「美味しい思いをしたいという欲望をこのような方法で満たしました」という内容ではないだろうか。政権に対する意見だって「私の欲望はこの政権では満たすことができていない」という内容である。

果たして意味のある発信は存在するのだろうか。私が他人の欲望に興味を持てばいいだけだろうか。

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J-Pop の愛だの恋だのの話だが、最近は歌詞に共感することができない。人の大切な思い出から出てきた言葉に自分の感情を塗りたくって悦に浸るのは失礼じゃないかと思い始めた。そうやって他人を消費する生き方で何が生まれるのだろう。

共感なんて不可能なことをしようとするのはやめたほうが賢いと思う。「その辛さわかるよ」と言われても大抵の人は「うるせえ」と思うだけではないだろうか。他人の痛みに共感できる自分を愛しているのだろうか。

それとは別に、「その辛さわかるよ」と言われたときの心配する気持ちに救われることもあるので難しい。

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どうして人と付き合っているの?と聞かれた時に「寂しいから付き合っている」と答えると、これまたアホを見るような哀れんだような顔をされる。私は、人格向上やキャリアの向上を他人に頼るほど落ちぶれてはいないと思っているが、そんな角が立つようなことは言わない。と思っていたが言ってしまう。なぜなら声がでかいからだ。

そもそも人格を向上するにあたって上ってどっちだよと言う話だ。

 

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最近、仕事をする直前に不機嫌になる微妙な心の動きに気がついた。「なぜ人から急かされなければならないんだ?」という気持ち。会社の企業理念のために働くという習慣がないのでそういう気持ちになるのだろう。そのような気持ちにならないために大切なことは能動的に動くことだ。反省すべきは自分の受動的に動く性質なのだろう。

とはいえ自分の意志を持って行動するほどの元気もない。くそったれだぜ。

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モンハンのプレー時間が 2.5 ヶ月ほどで 235 時間になった。笑える。2.5 ヶ月のうち 10 日分ほどゲームをしているのだ。やりすぎ。

ゲームの中ではどんなに生き物を殺しても罪に問われることはない。なぜなら、人類を脅かす存在を倒す正義だからだ。どうでもいいけど、MHW のストーリーは劣化版ナウシカだった。特に瘴気の谷と陸珊瑚の設定がナウシカそのものだったと思う。逆にはなってるけど。

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超雑記、以上。

 

2020.06.11 蕁麻疹

すんげえ痒い。

 

 事のあらましはこうだ。2020年05月30日、副鼻腔の治療のために耳鼻科へかかり5時間待たされたのち、薬を処方された。その1週間後の2020年06月06日、薬を弱めましょうとアモキシシリンカプセル錠からクラリス錠への切り替えを行う処方をもらった。実際に薬が切り替わったのは7日の晩で、翌朝の8日の7時頃にほんの少しの蕁麻疹が出た。前日に食べた寿司やししゃもが悪さをしたのか?と一日様子をみたところ症状が悪化。翌9日に耳鼻科へかかってから皮膚科へかかり、点滴と血液検査を受けた。現在11日、症状の容態は平行線を辿り(医師によると快方には一応向かっていると言うが)、痒みは増すばかりである。すんげえ痒い。

 9日の血液検査の結果、白血球数が 2790 /uL と基準値を下回っていた。医師によると「おそらく薬疹でしょうね」との事だった。現在では白血球数が 8900 /uL まで回復しており、発疹の赤みも取れつつある(が異様に痒い)。 副鼻腔を治そうと真摯に病気に向き合った結果、わたしは3日もの間、剣山で刺される様な痒みに耐えるハメになった。これもまた一つ人生の醍醐味というやつである。私にとって生きる事とは、苦しい事とそれよりは苦しく無い事(大抵の人はそれに喜びや幸せという名前を付けている)に一喜一憂する事なのである(私が愚かである限りは)。

 かくして私は全身に蕁麻疹が広がってから3日間もの間、苦しみをやり過ごす方法を考える事だけに集中して過ごしていた。水を浴びたりエアコンの温度を18度に設定したり、痒いと連呼してみたり、だ。最も効果のある痒みのやり過ごし方は睡眠を取る事なのであるが、睡眠を取るのがまあ難しい。眠りにつこうと横になると意識がすべて痒みにフォーカスされてしまうのである。ああ、痒い。シロアリが私に巣を作っている。運よく眠れてもまた痒みで起こされる。シロアリの次は硫酸を浴びて起きるのである。なんと素晴らしい目覚めだろう!

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 苦しみから逃がれられるという幻想を抱いている内は苦しみを克服する事はない。苦しみに対抗する唯一の手段は苦しみに真摯に向き合う事である。これはどの様な種類の苦しみに対しても有効だ。今回は痒みと向き合っている(できれば向き合わずにいたいが、理不尽な事が起きるのが人生というものだ)。痒さと向き合ったところで、痒さは過ぎ去ったりはしない。ただ苦しいだけである。でもそれが現状であると諦める事である。そもそも、人生には苦しい事とそれよりは苦しく無い事(大抵の人はそれに喜びや幸せという名前を付けている)しかない。根本的にはすべて苦しいから嬉しいのであり、嬉しいから苦しいのである。本当だ。嘘じゃ無い。全て程度の問題だ。

 起きている間ずっと痒みに犯されていると気がつく事がいくつかある。生きるということはいつ理不尽が襲ってきてもおかしく無いという事。襲ってきた理不尽に立ち向かう方法はただ耐えるしかないという事。起こった理不尽に腹を立てても誰も機嫌をとってくれないという事。諦めるしか無いという事。まあ、結局なにをしても、痒い。

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 私はこれまでの人生で喜びを最大化させて生きてきたが、それは苦しみを大きくするだけだった。この世にはそういう物理法則がある。多分。高いところの物が低いところへ落ちる様に、電圧が電流を生む様に、嬉しいと苦しいし、苦しいと嬉しいのである。私の気持ちは水が流れるのとそう大差なく、ただその流れに滝だとか瀞だとか名前を付けているだけに過ぎない。具体的には喜びとか苦しみとかである。マッサージを受けて気持ちが良いのも、殴られて痛いのも根本的には同じだ。ただ程度の問題である。そして、それに滝と名付けるのか瀞と名付けるのかという問題である。少なくとも私にとっては。そうやって訳のわからない理屈をつけていないといてもたってもいられずに心に怒りが生まれるので訳のわからない理屈をつけて妄想している。そうやって考え事をしていないと気が狂いそうなほど、まあ、結局は、痒い。

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 痒みにフォーカスするのは私の意識が痒みを求めているからだろうか?痒みという物が実際にあるからだろうか?感覚器官が過敏に反応しているからだろうか?脳の神経細胞が違うシナプスを繋いでしまっているためだろうか?どうせこの世で起こっている事の全ては私の脳内で完結する事なのだからその辺は上手くやってほしいものだ。たとえ私が宇宙の端にたどり着いたって、私は大脳新皮質より外には出ていけない。なんともバカらしい話だ。だというのに、脳の外側で起きている皮膚疾患で苦しむのはどういう了見なのだろう。いけない。この世の成り立ちに怒ってもまるで意味がない。でもそうでもしないと、まあ、結局は、痒い。ところで、脳を介さずにこの世を理解することは人間に可能なのだろうか?

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 ヒステリックな思考に支配されているこの日々が早く終わります様に。うげ。

2020.02.20 便秘

 

便秘は恐ろしい。

 

食べた量と同じ量が出ない事がこんなにも恐ろしい事だとは想像もしていなかった。私は今、人間の機能の一つが奪われた状態にある。これは自己の損失と言っても過言ではない。失恋した時に味わう"愛するという機能の欠損感"によく似ている。爪を切る時の寂しさや、ひげを剃るときの虚しさにも僅かながら似ている。便秘とは自己の損失である。

 

損失するだけならまだいい。排泄という機能を失う寂しさや遣る瀬無さだけであればまだ耐える事ができる。私は失恋の痛みにも涙を流しながら耐えることができた。しかし、排泄がうまく行えないと体には便がたまることになる。失う辛さも辛いが、溜まり続けて行き詰まる事も同じように辛い。元彼を失った痛みと便秘の不快感を天秤にかけていいものか甚だ疑問ではあるが、人生でトップクラスにキツい。

 

満腹時以外の腹部膨満感は私の身体の中に便が溜まっていることをありありと私に伝えてくる。人間は糞袋であるという真実を伝えてくる。私は便秘によって不浄随観の悟りを開くのであった。人体は美しくなどない。

 

人は死ぬ時、段々と機能が失われていく。聞こえなくなって、歩けなくなって、排泄できなくなって、食べれなくなって、見えなくなって、そうして死ぬ。人の死とは人間としての機能が失われた時に完成する。便秘の私は生きている人間より少しだけ死体に近い。これが死の一部であるならなんと恐ろしいのか。しかし、機能の損失の寄せ集めが死ならばそこまでおそるるに足らないとも同時に思う。私の中には相反する感覚が矛盾なく同居する。

 

うんちしたい。。

今年の抱負

 私は、僕は、俺は、アタシは。生活する中で現れる様々な自分。仕事をしている自分、一人でいるときの自分、地元の友達の前での自分、親しい人の前での自分。全てが自分で同時にどれもが自分でない様な感覚に襲われる事がある。そんな時、自分を自分として認識せず、他人だと思って嫌な部分をあげつらって攻撃して、あとからそれが自分自身だと気が付き酷く傷つく事がある。自分がろくでなしだと自分自身によって突き付けられるのは何よりも孤独だ。だから、傷ついた上に寂しくなる。私の場合、自己嫌悪の原因は自分に対してどこか他人行儀である事だ。自分を自分自身だと思いたくないから自分を攻撃する。いや、自己嫌悪するから自分を自分自身だと思いたくないのか?鶏が先か卵が先かはわからない。こうやって自分を分析するのだって自分を観察対象として自分の中から疎外している事の何よりの証拠だ。こんな事をしている内は正体のわからない孤独感を拭い去れないだろう。孤独を生み出すのはいつだって自分だ。

 

 ここ数年は何を考える間もないほど慌ただしく、人に囲まれながら過ごした。楽しかった。それが終わって一息ついた。ここ数年の仕事や恋人たち、友人たちは私の中に数え切れない程の思い出や影響を与えてくれた(本当にありがとう。こういうのを宝物と言うんだと思う)。しかし同時に一つの疑問が生まれた。

「お前の人生はなんだ?」

 恋愛では全てを出し切って私の持てる最善を尽くした。仕事にも全力だった。趣味だって全力でやった。全てを持てる限りの力で、これでもかと言わんばかりにやり尽くして分かったことがある。全力の中では自分がさらけ出される事を知った。全力であるという事は等身大で居る事だと知った。クリアな世界に飛び込むと極彩色の喜びと深紅の痛みを味わう事になると知った。知れば知るほど見えてくるのが自分という人間の底である。

 それは能力の限界だとか、キャパシティとか、性格だとか性質だとか、そういう話ではない。それは欲望に近く、根源的なもので、己と呼ぶに相応しいものだ。それは己が己に課した存在意義の様な、原罪の様な、母親の子宮よりも父親の精巣よりももっと以前から有る不安のようなものだ。そういった根底みたいなものの尻尾が見えてきたのである。

 そうなってくると、段々と自分が自分でいることが恐ろしくなってくる。私は不安によって生かされている。けれども、そんな自分は嫌だ。認められない。そうして自分に対して他人行儀になって攻撃。結果、自己嫌悪をする。冒頭の様になる。充実してようやく分かった。(鶏が先か卵が先かはたった今わかった)

 生活が充実していてもこの種の生命の根底に流れている様な不安は消えない。私は不安になる為に生きているわけではない。充実しても消えない不安を前にして「では、お前の人生はなんだ?」と、いよいよ何故生きているかすら分からなくなってしまうのである。

 愛し合っている間は消える不安、楽しんでいる間は消える不安。この根源的な、しかしながら正体不明の不安は充実している間は消えるのである。アランの幸福論でも「何かをし続けろ、それが幸福だ(私なりの解釈なので読んでみてね)」みたいなことが書いてあった。充実させ続ければワークアラウンドで解決する問題なのだろう。しかし、現実問題、人間は充実させ続けるのに必要な要素をいつ失うか分からないのである。声を失うかもしれない。光を失うかもしれない。音を失うかもしれない。考えても仕方のないもしもを考えるのは正しく愚か者のする事であるが、考えずにはいられない。未来でも過去でもなく今を観ろとお釈迦様も言ってるけれど、私は

 

♡中略♡

 

 私は自分でいる事に執着しすぎている。執着こそが私で、しかしそれを私と呼ぶにはあまりにも私ではなさすぎる。しかし、それが自分の底だ。不安こそが私で、執着こそが私だ。やはり、それを私と呼ぶのは難しい。

 今年からは執着と決別する準備を始めようと思う。良い人生は死に方で決まるでしょ。笑って寿命で死にたいもの。私は。

 

私って?

Evernote

Evernoteを見返したらいくつか文章が残っていた。
年末だしせっかくなのでブログにアップロードしようと思う。

xxxに振られた。 2018.04.07

 仲が悪くなってと言うワケではない。向こうに好きな人ができたみたいだ。今まで言った酷いこととか、私の怒り上手を考えるとこの先一緒に住むことは考えられないとか言われた。そんな、後付の理由なんて要らないのに。たしかにそれも真実なんだろうけど。

 本当に本当に大好きで、ずっと付き合いたいと思っていた。恋人じゃない雰囲気になっても、それでも恋人の立場をキープしていたかった。彼の人生を一番彼に近い場所で見ていたかった。そうでもなけりゃあんなひどい喧嘩してたらすぐにでも別れていたはず、だと思う。

 好きな人ができたというので、トキメキのある方に行ったほうがいいと私は思う。今回の恋愛で別れることがあれば更にひどい喧嘩をするか、向こうに好きな人ができた時だと、最初から思っていた。

 顔も好き声も好き、会話のテンポはもちろん、その他諸々。全部。嫌いな部分以外全部好き。いつ諦めがつくだろう。自分をきちんと納得させることができるのだろう。

 彼と次に付き合う人は彼の、最もプライベートな顔を見ることになる。支配に酔いしれる顔も、快楽に蕩ける顔も、全部。嫉妬で歯が砕けそうだ。俺にも見せた顔を他の人に見せるのか、俺には見せなかった顔を見せるのか。本当に、嫌。しんどい。

 総合して本気で恋愛できた。とてもいい恋愛だった。彼も僕の事を最後まできちんと好きだった。ただし、それは恋人としてではなく。それでも嬉しいけれど。自分の顔面を憎むばかりである。

 どうやって諦めよう。一人になりたくない。かと言って人と一緒に居ても泣き出してしまいそうになる。どうしようもない。平気そうな顔したけれど、びっくりするほど落ち込んでいる。あ〜

 本当に、好きだ。今も。多分これから先もずっと。

 
死 2018.11.18

 先日、実家に帰省した。母と他愛もない会話をした。恋愛とか人生とか、有り体に言うとそういう会話をした。確か、これから先の人生をどうしようか、とか、人生の分岐になるような選択をした時にどう思ったかの話だったと思う。おばかな母らしからぬ発言をしたのを確かに覚えている。

 「わたしはね、人生にもう納得しているの。冗談じゃなくてもう終活を始めてるんだから。ものは増やさない。今着てる服だって5年前に買ったものよ。わたしは30代後半からだんだん自分の人生に納得し始めて、40代になって死ぬことが見え始めて、それから今は半分死ぬ準備をしているの。"あの時こうだったら"とか"こうしていれば"という思いも昔はあったけれど、だんだんそういうのも消えて、今の自分でいいやって思えるの。この先もおばあちゃんになってこのままきっと死んでいくんだろうなって。新しく何かをする気も無いし、友達と頻繁に会う気もないし、それでもちっとも寂しくなんかなくて。仕事してちょっとおしゃべりして家に帰って寝る。わたし、離婚してから気がついたんだけど、一人が気楽だったみたい。"寂しくて死んじゃう!"って思ってたけど、私に結婚は向いてなかったみたいね。結婚してよかったのは一人が向いてるってわかったことかしら。」

 と、おおよそこの様な内容の事を言っていた。55歳を迎える母の発言は、今の私には少しさみしい事を言っているように感じられるが、きっと歳をとって自分に納得して自分の人生を歩むというのはそういうことなのだろう、とも同時に思う。私もこんなふうに思う日が来るんだろうな。それは寂しいことなのかな。嬉しいことなのかな。私にはまだわからない。

 
孤独死 2018.12.09

 孤独死とは寂しいものなのだろうか。私が19歳の時、祖母は他界した。末期の大腸がんだった。死の間際の祖母はどこか、もうすでに半分死んでいる様な状態だった。手足は枝のようにやせ細り、目は白くにごり、母や私を薄っすらと認識して調子が良い時だけ微笑む様な状態で、外の世界を外の世界と理解できているのかもわからない様な状態だった。飯を拒んだ祖母は、おそらく死の準備ができていたのだろう。

 死の間際の人間というものはみんながみんなあの様な雰囲気に包まれるのだろうか。薄い白いヴェールに包まれて精気の無い顔をして、耐えているとも耐えきれないともつかぬ顔をして、言葉も発さずにただ佇む様になるのだろうか。70数年生きた祖母の歴史が全くの無に帰そうとしているのに、なんの執着も見せない(感じさせていないだけかもしれなけれど)あの姿は、私の目にはどこか神聖なものに感じられた。痛みを受け続けた人間の無気力さはもしかしたら理想とする優しさによく似ているのかもしれない。

 遠くを見つめたあの瞳はこの世のものを一切見ていなかった。ただ一瞬、祖母が他界する一週間前に私の顔をしっかりと見た以外は祖母はきっともうこの世を見ては居なかった。目はしっかりと開いて、窓の外の春を見ることもせず人を見ることもせず天井をじっと見つめていた。祖母には何が見えていたのだろうか。それとも何も見えていなかったのだろうか。だったらなぜ目は開いていたのだろうか。

 きっと私も事故死や病死をしない限りは老衰と病気が重なって死ぬだろう。病気の痛みに耐えながら、床ずれの痛みに耐えながら、食事を摂る苦しみに耐えながら、眠る苦しみに耐えながら死ぬだろう。四六時中与えられる苦しみや痛みで鈍った世界で寂しさを感じる暇はあるのだろうか。孤独死とは本当に寂しいものなのだろうか。もし孤独死をしたなら、どれほど寂しいか、または、寂しくないかについて文章を書こうと思う。

 ひとり病室で息を引き取った祖母は寂しくなかっただろうか。

 
 

We wish you a merry Christmas

 ああ、川の流れのように緩やかにこの身を任せていたい。秋元康もいいこと言うじゃん。でもね、僕の人生の川はかなり急流だったみたいで、流れに身を任せてみたら溺れかけちゃったんですよね。

 未だに引きずっている失恋がラフティング開始の合図で、急流下りを余儀なくされた僕。ほっとすると泣いて楽しいと笑って、いろんな気持ちをやり過ごしながら9ヶ月の間、自分の気持ちに折り合いをつけながら生きました。折り合いがつかないことの方が多いけれど、そういうどうにもならない部分をどうにもならないまま忘れるために予定をギッチギチに入れて風邪をひいたりして。「かなり愉快な1年だった」と一生の記憶に残る時間を過ごせたような気がします。

 4月から配属されたプロジェクトはスパンの短い開発でありえないほど忙しかったし、7月からは踊りっぱなし。本番を10月、12月、1月に3つ入れたものだから仕事の傍らでこなすのにあっぷあっぷしてました。どういうわけか今、急に仕事がなくなってしまったので、こうしてブログをしたためております。僕の人生の川が緩やかになった。っていうか今までが滝だった?

 

失恋の話

 ショックな出来事で善悪の区別もつかなくなるくらいに価値観がぶっ壊れて全く別人になってしまう体験。優しくなったとも言えるし同時に冷たくなったような、強くなったとも言えるし同時に弱くなったとも言えるような体験。今までの自分がいかに勇敢で果敢で怖いもの知らずだったか。いかに"正しさ"に縛られていたか。そして、それらがどれだけバカバカしい事であったか。誤りや邪を勝手に定義して誰かを裁いたって何も得がないのに、無意識にそういうことをしている自分に気がつけて本当によかった。何より自分が自分に裁かれなくなる。でもこれは同時に人間としての向上心を失ったことになるのかもしれない。強くなったような弱くなったような。優しくなったような冷たくなったような。大人はこうして日和っていくのかしら。若さってきっと、きらきらした無知の事を言うんだろうな。私はもう何も裁けない。強くて弱いから。

 

ダンスの話

 暇は不幸の元凶である。馬鹿は馬鹿の思考回路で馬鹿を考えるものだから、馬鹿な思索の果てに得られる馬鹿な結論から不幸になるのである。馬鹿に与えていけないものはまさしく暇だ。しかしながら得てして馬鹿は常に暇だ。さて、これは馬鹿な私の話であるが馬鹿の私は先の失恋で少し賢くなったので暇をなくそうとした。そうしたらどうだろう。元が馬鹿であるが故に程度や加減というものを知らず体調を崩すまで予定をつっこみ、本当に物を考える時間がなくなってしまった。頭を使わないと馬鹿になる気がするが、頭を使っても正しい頭の使い方を知らないので関係ないのだろうか。それとも(自分を含めた)人の知性を計って馬鹿などと言うのは私の驕りだろうか。だとしたらやはり私が愚かであることに変わりはない。

 さて、こうして暇をなくした私の1年はどうだったか。結論から言うと、とてもいいものだった。自らでは思索と思っている妄想(それも大抵は被害妄想的だ)をする暇もなく、日々現実的に迫ってくる期限や振り付けの記憶に脳のリソースを使って不幸は排除された。合理的にこなさなければ全て破綻するのだ(合理的でなかったから一部実際に破綻させてしまった)。不幸について考えている暇はなかった。さらには活動の中での人との交流や対話がもたらされた。雨降って地固まるとはまさにこの事なのだろうと思う。人は孤独に恐怖する。たとえ誰かと一緒に居ても人は畢竟孤独ではあるのだが、同じ孤独を抱えながら一瞬でも笑って心の通じた対話があると孤独が和らぐのである。これは麻酔だろうか。麻薬だろうか。

 ダンスの話をしよう。初めて振り付けを作って構成も付けて作品を作った。恋愛ジプシーの様な元彼へのあてつけのような作品を作った。好きな人ができて当時付き合ってた人を振って次の人へ乗り換えた私への戒めであると同時に、私を振って次の人に乗り換えた元彼へのあてつけのような作品を作った。多少スッキリした。たった一人スポットライトに取り残されて人生が終わることがないように生きようと思う。ざまぁみろ。(何が?)結局、私の原動力が全て彼からもたらされているのかと思うとやりきれない。まあ、生きているといろんな事があるし。生きているといろんな事があるといえば、手拍子しただけで歓声を起こせる人生になるとは思っていなかった。私の人生は結構面白い方向に進んでいるように思う。

 

We wish you a merry Christmas
and Happy new year !!

誰も彼もみんなの新しい一年がもっと楽しくなりますように。
楽しくなかった人は楽な一年になりますように。

来年もよろしくね。

 

しじみ